英語の世界(中学生版。。。にはなってないですね)

英語の感覚
日本語も英語も流暢な人に聞いてみれば、日本語と英語の考え方が違うということがよく分かるでしょう。これは、日本人と英語圏の人の文化や世界についての考え方の違いと別物で、考え方そのものに表れる違いです。その違いは言語そのものから生まれていますから、両方が話せる人にはその違いが感じられるはずです。以下の話は英語の柱になっている概念を調べながら、この「感覚」をゆっくり考えましょう。

帝国主義と英語

英帝国の文法ルール

欧米に比べると、日本語の研究は比較的に遅く始まったと考えられています。そして、日本の場合、第二外国語として日本語を教える機会は殆どありませんでした。しかし、昔の英国は世界を怖がらせた帝国でした。アメリカ・インド・オーストラリアなど、たくさん植民地を作って、たくさん民族を征服しました。その場合、植民地を発達させるため、その民族に英語を習わせました。法律や教育全てを英語だけで行うようになった植民地は、いつの間にか英語圏になってしまいました。

もちろん、これをするのに優れた教育を発達させなければなりませんでした。そのため、昔の英国は英語を教えるため、たくさんの教師を育てなければなりませんでした。そのため、文法学者もたくさん雇って、英語学科を強化しようとしました。数百年前のことですが、英語は世界の共通語になりつつある今、その活動の結果が明白です。このような歴史は日本にはそれほどないですから、これは大きな違いです。

英語の一番酷い所

英語では、「save the best for last」という表現があります。これは、一番美味しい方を最後に食べると言う意味ですが、それから発生した表現は「Do the worst first.」です。つまり、最初に一番苦しい仕事をするなら、その後はある程度苦しくても比較的に楽ではないでしょうか、という考え方です。

上に書いたように、英語文法理論は帝国拡張のため促進されてきました。英語を教え易くするように、学者は出来るだけ簡単なルールを作るため、数百年の精を出した末に、結局優れているルールを作るのに成功しました。

ですが、英語は人間言語の中でどちらかというと、難しい方です。それは、英語が若かった時は島国の英国で発展し、英国がフランスに占領された時はフランス語の単語を数多く吸収したため、スペルを始め言葉がややこしくなってしまいました。

文法のルールが数多くあるのに、英語は全く例外的な言語です。そして、一番酷いことは、その例外の中にも例外がたくさんあります。例外、つまり、英語を使いこなすのに、三つのことをマスターすべきです。

  1. 文法のルールを知る。
  2. 例外を暗記する。
  3. 出来れば、例外の例外を暗記する。しかし、出来なかったら気にしない方がまし。

これからはかなりの努力が必要になりますが、英語を流暢になりたい人でしたら、やるしかありません。

書き方について、具体的な調べ

大小文字の区別はラインで定める

基本的なことから始めましょう。大文字と小文字の区別はラインで決めます。日本語の文字と違って、アルファベットの文字はラインと接す方が綺麗だと思われています。ですから、文字の一番下の部分はラインと接すべきです。例外は小文字のp・q・yなどですが、こちらの方はラインと接すのではなく、ラインを渡ると決められています。どちらにせよ、ラインは「地面」と考え、文字は重く、重力があるから文字は必ず地面に接しなければならぬ、というイメージをした方が分かりやすいでしょう。文字が飛ばないように、気をつけてください。

同じ音・色々な表記

これはネーティブの小学生でも悩みの原因になることがあります。「なぜ同じ発音なのに、違う文字で表記しなければならないんですか」という疑問です。これは全く合理的ではありませんが、英語がフランス語に影響された時代からの名残です。

例えば、「ph」と「f」、または「k」と「c」、それに「s」と「c」など、数多くの例があります。残念ですが、これはただ暗記をしなければなりません。英語のアルファベットはたったの二十六字から成っているので、あまり合理的ではなくてもその基本が簡単ですから、例外の許容範囲は広いです。第二言語として英語を勉強している人の高い壁ですが、努力すれば、この壁を乗り越えることが出来ると思います。

発音しない文字はたくさんある

残念ながら、英単語の中には発音しない文字がよく出て来ます。いわゆるmagic eなら規則があるのでましかもしれませんが、gとかhになると困難です。例えば、signのgは発音しませんが、signalのgは発音します。英語を流暢に話すため、例外をたくさん覚えなければなりません。

言葉は間隔で決める

SVOに加えて、もう一つとても大切なことを言っておきましょう。それは、言葉と言葉の間がとても大切な役割をすることです。日本語の三つの書き方(片仮名・平仮名・漢字)と違って、英語はアルファベットしかありませんので、言葉の間に間隔を置かないと言葉の区別が付きません。ですから、英語では間隔をきちんと置かないと、間違いになります。くれぐれも気をつけて下さい。

間隔の基本は、単語と単語の間に短くても長くても段落レベルで一致した長さの間隔を置くことです。

英語の話し方、具体的な調べ

英語の韻律

英語には韻律というものがあります。日本語には英語のような韻律はありません。

この韻律に詳しく書くつもりですが、その前に日本人があまり知らない日本語の特徴について話しておきましょう。まず、日本語は世界の言語の中に稀で、母音言語(?check)です。

母音言語という単語があるのかどうか、ちょっとわかりません。英語で何というのかがわかれば調べることができます。

日本語では、母音を長く発音すると、違う言葉になります。例えば、「季語」と「記号」はいかがでしょう。しかし、英語の場合、言葉を主張したい時は長く発音し、そんなに大切ではない気がしたら短く言います。

そして、日本語の分節を簡単に言うと、仮名の一字が一つの分節になりますね。ですが、アルファベット一字は分節にはなりません。英語の分節と言うと、少なくとも母音プラス子音が必要です。このポイントから片仮名英語が通じない理由が理解できるはずです。

片仮名のように英語を発音すると、分節が普通の英語の数から日本語のように多くなります。例えば、「friend」は英語でたった一つの分節ですが、「フレンド」は英語の数え方からすると三つの分節があります。話を聞く時、英語の話者は分節で言葉を区別付ける習慣がありますから、この分節の数を多くするとその言葉が通じなくなってしまいます。

英語のrhyme

韻律に加えて、rhymeという概念もあります。二つの言葉の最後の分節の母音と子音が同じ発音をすれば、rhymeになります。rhymeはあまり自然に出て来ないことですので、rhymeを聞いたら、はっとします。Rhymeはdeja vuのように、不思議な力を持っているようです。

英語の勉強のため、rhymeを勉強するべきです。特に役に立つことは、dear とbeerとqueerとmirrorとtierがrhymeすると知っているなら、スペルがバラバラでも正しく発音できるからです。

(無視)(無視)iambic pentameter

iambic pentameterというのは、英語のもっとも自然な韻律です。シェークスピアの戯曲の全てはiambic pentameter式で書かれています。でもこれについて書くのはそんなに役に立たないかもしれません。体験していただいて欲しいです。

各文章は十分節から成っている場合、そのアクセント全てが偶数の分節に来るというのはiambic pentameterです。例を挙げます。

Because I love you, I want to marry you.
人生はそんなに甘くないと考えている方のため、これはいかがでしょう。
You broke my heart; I can't forgive you now.

これはビートルズの歌詞の一筋です。
If I fell in love with you, would you promise to be true
to help me (延長) understand
'cause I've been in love before
and I've found that love was more
than just holding hands

まず、コンマに注意して欲しいです。コンマはこの歌詞の真ん中にあります。コンマの前には七つの分節、そして後ろにも七つの分節があります。これは偶然ではありません。英語の歌詞のほとんどは同じ分節の数から成っています。そうではない場合は、ある言葉を歌うのに延長する必要があります。

I've just seen a face
I can't forget the time or place
where we just met
she's just the girl for me
and I want all the world to see we've met
ah-ah-ah-ah-ah-ah

アクセントの大事さ

以下の文章の発音によって、七つの違う意味が聞き取れます。これはある言語学者の素晴らしい指摘です。

I never said she took my money.(書いたまま、私は彼女が私の金を奪ったとは言いませんでした。)

「I」を主張すると、「私ではなく、他の人が言ったことだ」というニュアンスになります。
「never」を主張すると、「絶対そんなことなんか言わなかったぞ」
「said」を主張すると、「言わなかった(が、書いたとか、メイルしたとか、ジェスチャーをしたとか)」
「she」を主張すると、「彼女ではなく、他の人が」
「took」を主張すると、「奪ったではなく、他の行動をした、例えば借りたとか、焼けたとか」
「my」を主張すると、「私の金ではなく、他の人の金を奪った」
「money」を主張すると、「金ではなく、私の他の物を奪った」

アクセントによって色々な意味が読み取れますので、英語を上達するため、発音に注意したほうが良いでしょう。

この例文は面白いです。日本語だと、話し方(アクセント)でここまで意味が変わるということはまずないです。

文法について、抽象的な説明

SVOー主語・動詞・目的語という順番が決まっています

以下の文章をみてみましょう。
私は東京でジムと豚カツを食べました。
ジムと私は東京で豚カツを食べました。
東京で私はジムと豚カツを食べました。
東京でジムと私は豚カツを食べました。
私は豚カツをジムと東京で食べました。
私は豚カツを東京でジムと食べました。
豚カツを東京で私はジムと食べました。
豚カツをジムと東京で私は食べました。

ちょっと違和感を覚えてしまう文章があっても、全ては文法には合っていますね。しかし、今から英語の訳を見てみましょう。

Jim and I ate tonkatsu in Tokyo.
In Tokyo Jim and I ate tonkatsu.
「東京で」という表現は前にも後ろにも置いても意味は変わりません。しかし、
Tonkatsu ate Jim and I in Tokyo.
In Tokyo tonkatsu ate Jim and I.
というように、主語と述語の名詞を交換すると、動作の方向も逆の意味になってしまいます。ですから、上にある二つの文章は「東京で豚カツがジムと私を食べました」という馬鹿馬鹿しい文章になってしまいます。

これは、英語には日本語のような助詞はないからです。その代わりに、品詞の役割は「間隔」と「言葉の順番」と「単語そのものの既に含まれていた意味」で決めます。

言葉の順番は品詞を決める

以下の文章をみてみましょう。
I drink water. (drink =動詞・飲む、 water= 名詞・水)
I water the plant with my drink. (drink = 名詞・飲み物、 water=動詞・〜に水をやる)

英語では、一つの単語でも動詞と名詞両方として働くことが出来る言葉は少なくありません。どの品詞かを判断するのに、言葉の順番を調べるしかありません。

最初は、動詞を掴むことです。文章が短い時は、動詞可能な単語を見つければ済むのが殆どですが、文章が長くなるにつれ、その手法は通用しません。ですから、長い文章は「最初はbe動詞を探す」という決まりがあります。これは、be動詞は動詞の役割しかないですから、名詞を動詞と間違って取ってしまうことは無理であるからです。be動詞が見つけられたら、be動詞が主動詞(main verb)か助動詞を確認する必要があります。そのため、くれぐれもbe動詞の後ろにある最初に出て来る単語は動詞かどうかを調べなければなりません。そして、notという副詞がそこにある場合は、その次の単語も調べる必要があります。

英語には助詞はない

単語そのものの既に含まれていた意味

日本語の代名詞と言えば、「私」「彼」「彼女」等々が考えられます。これらは英語に訳すと「I」「he」「she」などになりますが、英語のpronouns(代名詞)は日本語の代名詞と全く機能が違います。

何より覚えておいて欲しいことは、英語の代名詞は常に「は・が・を」の助詞が付いているニュアンスが含まれていることです。日本語の「私」は英語に訳すと、「I」(私は・が)かme(私を)になります。英語の代名詞全ては主語か述語のどちらかに位置がハッキリ決まっています(itは例外です)。

ですので、動詞が見つからない時は、代名詞を見ると良いでしょう。「I」はいつも動詞の前に来る、「me」はいつも動詞の後に来るというように考えていただければ、すぐ探す範囲が狭くなるでしょう。

英語には助詞はない

日本語しか話せない人に想像しづらいことですが、英語には助詞はありません。

「I」は「私は・が」と「me」は「私を」のように、「my」は「私の」があります。日本語には、「私は・が・を・の」のどちらにせよ、私は常に名詞ですが、英語の「I」と「me」は名詞である一方、「my」は形容詞です。これがおかしい。なぜ日本語の名詞を訳する時、形容詞を使わなければならないんですか、という疑問です。

これは「like」と「好き」のことと関係ありません。というのは、これは英語の「名詞・動詞」を好む傾向の現れと考えられます。

主語の必要性

英語の四つの文章のタイプ

英語には、以下の四つの文章のタイプがあります。
declarative sentence 平叙文
interrogative sentence 疑問文
command sentence 命令文
exclamatory sentence 感嘆文

この「感嘆文」は稀ですが、例えば「Ah!」とか「Oh no!」が挙げられます。

主語の必要性

主語が必要なのは、動詞の形を決めるからです。これは日本語の主語の役割と違います。

日本語では、主語を持たない文章は色々あります。例えば、「欲しい」「走るな」「愛している」など、たくさん考えられます。英語では、「want」(欲しい)「am loving」(愛している)だけでは通じません。単なる品詞です。

これは、主語がないと動詞の形が決めないからです。例えば、「欲しい」の場合、私が欲しいであれば「I want it」、彼女が欲しいであれば、「She wants it.」になります。「want」か「wants」を決めるのは、主語というわけですから、主語がないと文章になりません。

しかし、「Don't run!」(走るな)は日本語と同じように使います。これは、英語の主語のない文章は命令形だからです。命令は前提として誰にでも付けられるものですから、「You」が主語とされています。無論、「You」は常に省略していますが。そして、感嘆文がありますが、これはあくまでもビックリした時や感動した時にしか使えない短い(長くても二語の)文章ですので、覚えなくても構いません。そんなわけで、命令文と感嘆文を例外として覚えておいた方が良いです。

疑問文は平叙文と違って、(助)動詞が最初に出て来る

疑問文 Does he like apples? 平叙文 He does like apples.

日本では、このlikeを教える時、普通は「He likes apples.」という文章で紹介します。これは我々英語ネーティブがいつも使っている言い回しですから、全く問題はありませんが、文法をもっと分かりやすくするため、「Does he like apples?」という疑問文を紹介する時、答えを「He does like apples.」にした方が良いと思います。

アメリカでは、昔からの英文法の教え方の一つは、疑問文に答える時、完全な文章(full sentence)を答えなければならないというスタイルがあります。説明しづらいことですが、例をご覧になるとすぐお分かりになるでしょう。

疑問文 Is he a cowboy?
答え Yes, he is a cowboy. (No, he is not a cowboy.)
疑問文 Do you like swimming in the ocean?
答え Yes, I do like swimming in the ocean.
疑問文 What will you do after high school?
答え After high school, I will go to college. (I will go to college after high school.)

日本の試験なら、普通の答えはそれぞれ「Yes, he is./No, he isn't.」「Yes, I do./No, I don't.」「I will go to college./I'll go to college.」などが考えられます。これらは完璧な英語ですが、文法の変化が見にくくなっているのではないでしょうか。

いわゆる完全な文章を書くため、できるだけ元の疑問文の言葉を書かなければなりません。これは言葉の組み合わせの仕方を分からせるための訓練と考えられています。省略するのは上級者の権利と扱われ、初心者は正しい疑問文を真似することで文法を把握出来るようになります。そうしないと、be動詞を使いこなすのにいつまでたっても上達しません。

notからの大発見

「He did not do that with her. 」の「did not do」の三個の単語の品詞はなんでしょう?正解は、「did」は助動詞、「not」は副詞、「do」は動詞です。ネーティブの中でも、「notはどうしじゃないですか」と疑っている人は少なくいません。これについてゆっくり考えてみましょう。

否定するとき、「存在」を指すのはではなく、ただ表記によって「非存在」を指すのが人間の言語の共通点の一つです。科学の実験は確実に「これが絶対起こり得ない」と証明できないと同じように、「何かがない」と言ったら、どちらの言語でもその「何が」と言う必要があります。ただの「ない」は一般に通じません。

これからはちょっとややこしいので読み飛ばしたくなるかもしれませんが、英語の名詞と動詞はそんなにハッキリ分かれていません。前に変えたように、順番を変えるだけで動詞が名詞になりましし、その逆も可能です。一目で見るとこれは日本語と名詞に「する」を加えることと同じようですが、英語は「する」のように何かを付ける必要は全くありません。そして、「drink」は動詞か名詞か文脈を見ないで一概に言えません。

動詞の三人称と名詞の複数形にも「s」を足さなければならないので、「s」が加わった場合、その時でも名詞か動詞かの区別はすぐ付けません。

(無視)(無視)Be動詞の役割

英語の動詞と言えば、Be動詞が王様です。女王がdoかもしれませんが、残念ながらこちらは平等な関係ではないので、王様はその国の権利を全て持っています。

Be動詞がよく日本人を困らせるですね。これには、色々な理由が考えられますが、一つは省略形でしょう。省略形を使うと、be動詞の動くが見えなくなりますので、なるべく省略形に頼らないように頑張ってください。

中学校で教えているbe動詞の訳仕方の一つは、「I am a student.」のような文には「代名詞 は 〜です」というパターンです。これは日本語の訳し方としては適していますが、それは英語を日本語の視点からみることになります。英語と日本語は文法的にそんなに共通点を持てないので、英語のことを日本語で考えても英語の構造から考えて方が良いでしょう。

英語では、「I am a student.」「She is a teacher.」等々のbe動詞はlinking verb(結ぶ動詞)と言います。これは、Be動詞がAとBという名詞を結ぶ「A is B」パターンからです。

おおざっぱに言うと、Be動詞は主に三つのパターンがあります。

1 A is. (Aは存在するという意味)
2 A is B. (AはBですという意味)
3 A is 動詞 … (Beは助動詞役割)

スピードreading

読解を速くするため、アメリカでは「よく本を読む」というアドバイスがあります。あまりお役に立たないと思いますが。

試験の時は飛ばし読みが勧められています。英語の段落の(書き式・構造?)は、いわゆるトピックセンテンスが最初か最後に出て来るはずですので、段落の最初と最後の文章だけを読んでおいて、それから試験の問題を読んでみます。

代名詞の謎

「I」と「You」は別「He」・「She」・「We」・「They」の領土

以下の表を見てみましょう。

主語に現る代名詞
単数 複数
一人称 I We
二人称 You You
三人称 He/She/It They

英語を勉強しているうちに、すぐこのような表に出会いますよね。なぜこのように整理しているのかを、ゆっくり考えていただきたいです。

まず、覚えておいてほしいのは、英語の一人称・二人称・三人称は日本語の「私」「あなた」「彼」等々と違って、動詞の形まで変える力を持っています。

一人称と二人称は三人称と違います。なぜなら、IとYouのアイデンティティーはハッキリ決まっているからです。言い換えてみれば、三人称には先行詞が必要ですが、IとYouには先行詞は必要ありません。

先行詞というのは、代名詞が代表している名詞のことです。例えば、

I like Jim. He is my friend.(私はジムが好きです。彼は私の友達です。)
Jim and Mary like Thai food. They eat it twice a week. (ジムとマリー
はタイ料理が好きです。彼らは一週間二回タイ料理を食べます。)

「He」「They」「it」の先行詞はそれぞれ「Jim」「Jim and Mary」「it」です。先行詞が分からない時、文章の意味も分からないことが多いです。例えば、突然以下の文章に出会ったら:

He gave it to her. (彼が彼女にあれをあげた・やった。)

文脈がないと具体的に何が起こっているのかは全く心当たりがないでしょう。大統領がスパイに一億ドルをあげたのか、医者が少女に薬をあげたのか、男子がお母さんにゴキブリをあげたのか、数えられないほど可能性があります。

しかし、
I like your hair.
は違います。誰が誰の髪を好んでいるのは問題になりません。話し手は「I」ですし、聞き手は「You」に決まっているからです。

ですから、私は「I」と「You」のことを三人称のものと違うように考えています。英語では、自分のアイデンティティーを表すのに「I」しかありません。日本語には、文脈によってその代名詞は変わります。例えば、男性の場合は「私・僕・俺・先生・パパ」等々が考えられますが、英語にはこれらを全て「I」で済みます。

なぜ欧米系の人は「You」を言いがちですか。

欧米の人は「あなた」を使いすぎで有名ですね。それは、英語の話者は相手を示す時、いつも「You」を使っているからです。ですから、英語で会話をする時、私はいつもこちらのことを「I」と考えていて、そちらのことを「You」と扱っています。話の世界は完全に二者択一に分けられています。三人代名詞は会話に参加しませんし、普遍的なものでもありません。「He・She・It」などは性別・人間かどうかによって変わりますし、先行詞が必要とされています。しかし、「I」と「You」は対立関係の上、普遍的なことです。方言・性別・地位に関係なく、英語の話者は皆自分のことを「I」と言い、相手のことを「You」と言います。

これは日本語と全く異なります。

こちらからは私の個人的な語の感覚についての説明になりますが、これは色々な解釈の中の一つとして受け取ってください。

英語の話者は皆、自分が感じていることを常に「I」の視点から考えています。思うことや覚えっていること、考えているや感じていること、全ては「Iほんやら」と自分の頭の中に処理します。そんなわけで、第一人者で書かれた小説を読む時、英語の話者は語り手と親しく感じるでしょう。語り手の使っている「I」は日常的な自分の人生のアイデンティティーでもあるからです。

「It」って苛め?

「It」は英語の一番怖い代名詞と言われています。有名なホラー作家Stephen King氏の小説の中に、『It」というのがあります。無論、「it」は一般に「物」か「人間ではない生き物」のどちらかを指します。なぜ「it」はホラーと関係があるのでしょう。
三人称の代名詞は先行詞が必要とされていることは覚えていますか。「it」のホラーと関連しています。なぜなら、どれほど先行詞が必要と言われても、実際会話の中に「it」の先行詞をハッキリ言わないのが普通です。

例えば、ある人が突然「It is coming.」と言ったとします。もし、会話の流れのど真ん中にこのようなことを言ったとしたら、ネーティブの聞き手は嫌な予感をしてしまいます。「一体何が来るのか」というように考える人が多いでしょう。これは、「it」は名詞を指すから、具体的なものを表しているのに、具体的に聞き手はそのものは何かを知らないからです。また、「it」は怪物の代名詞とも言えます。

この他に、「it」は色々な場面で酷い役割を果しています。子供の苛めの一つは、被害者を「it」と呼ぶことです。ネーティブの話者はこれを聞くだけで大変な違和感を覚えます。また、鬼ごっこの鬼は「it」と呼んでいます。最近ニュウ・ハーフのような性手術を受けた人を軽蔑するために使っている人も出て来ました。

これは「it」がobject(物)を指すからだけでなく、普通はobject(目的語)として使われているからでしょう。(とりあえず「it」プラスbe動詞の「It is beautiful.」のような文章を除く)

最近動物でも性別を知る時は「he・she」を使うようになりました(怪物は例外)。ですから、「it」に適している生き物は動物ではなく、植物や微生物などしか考えられません。この変化のせいか、野菜主義の肉を食べるに対しての嫌な思いの原因の一つは言語に現れていると言えるでしょう。

「me」の幼さはどこから来ているでしょう?

「me」を使い過ぎると幼稚な印象を作ってしまうと言われています。これについて一つ挙げられるのが、傾向として、英語の話者は目的語を軽蔑する習慣があります。

英語では、文章は主にactive sentence(能動態)とpassive sentence(受動態)に分けられます。一般に受動態を避ける方が世間擦れな印象を与えるとされています。能動態のパターンは、be動詞を使わず、「AがBをする」または「AがBをCにする」と考えられます。

Active sentenceにはaction(行動、つまり動詞)が欠かせません。その行動(動詞)をするにはactor(動作主)が必要です。そして、受ける側は目的語と間接目的語、英語では「object」(物)と言います。おおざっぱに言うと、actorがobjectにactionする、言い換えたらactorが物に行動する、ということになります。

英語の洗練された能動態は、その動詞の行動が一方通行な形をとっています。例えば、
I hit you.(私はあなたを打った。)
I kissed her.(私は彼女をキスした。)
のように、全ての行動が「I」から始まり、「I」の意志を反映します。そして、主語の名詞と目的語の名詞を交換すれば、
You hit me.(あなたは私を打った。)
She kissed me.(彼女は私をキスした。)
となります。「I」と「me」は同じ「私」なはずですが、感じは全然違います。こちらの方は能動態ですが、日本の受身のような「私があなたに打たれた」「私は彼女にキスをされた」のような意味になります。

「好き・欲しい」と「like・want」

「私は林檎が好きです」と訳す時、だいたい「I like apples.」と訳しますね。この訳について、普通は先生が「気をつけなければんらないポイントは、「like」が動詞であれば好きなもの、例えば林檎は、単数形ではなく複数形」と指摘しますよね。それはごもっともですが、そもそも「この文章が絶対おかしい」と思われている方はいないでしょうか。

この二つの文章を比べてみると、元の日本文は形容詞の「好き」という言葉を使っていますが、英文は動詞の「like」と訳しています。両方もそれぞれの言語の自然な文章です。だとしたら、なぜ訳すとなると形容詞が動詞になるのか、と思いませんか。

これは、英語には能動態を好む傾向があるに対して、日本語には受動態を好む傾向があると考えられているからです。

英語の再帰的な構想

では、次の文章はいかがでしょうか。
「I want you to help me with something.」(あなたに手伝ってもらいたいことがある。)

この自然な英語と自然な日本語をゆっくり比べましょう。注目していただきたいのは、英語には「I」も「me」も必要ですが、日本語の方は「私」は一切現れなくても構いません。日本語には「私はあなたに私を手伝ってもらいたいことがある」なんか言いませんね。しかし、英語では、このように言わないと文法的に間違いになります。

英語には動詞の「て形」のような組み合わせることはありません。助動詞は一般に「be・do・have・can・will」等々に限られていて、そんなに数が多くありません。ですから、英語の考え方には、「あなたからもらいたい。あなたが私を手伝わない?」という違和感を覚えさせる日本語になります。

前も書きましたが、英語の受動態は、「誰が誰に何かをする」パターンが決まっています。全ての動詞には、主語と述語が必要です。「あなたからもらいたい」は、やはり私が欲しい側というわけですので、「I」を書きますが、同時に手伝って貰いたいのも私ですから、「me」も書かなければなりません。

もう一つの例を挙げましょう。

I'll bring it with me.(持って来ます。)

日本語の文と比べてみると、なぜ英語の方はそんなに長くてはならないのだろうかと考えている人は少なくないと思います。繰り返しになりますが、英語では動詞だけでは文章になりません(例えば、bring)。ですから、誰が何をするのを書く必要があります。私(I)がそれ(it)をbringするわけですから、それで良いじゃないと思っている方がいらっしゃるでしょう。実はその通りの「I'll bring it.」が文法的に正しく自然な英語ですが、ネーティブのほとんどは「I'll bring it with me.」と言います。

なぜわざと「with me」を入れると言うと、「I」は動詞をする意志を伝える一方、あまりその述語に書いてあることと関係がハッキリしていない気がするからです。ですから、「I」は「自覚している私」という反面、「with me」の「me」は「私の体そのもの」の方を意味します。

(無視)(無視)哲学者の大問題・「You」の存在

ようやく恐ろしいことが見えてきました。上級な話ですが、ちょっと前に「I」と「You」は対立関係にあると書きました。これにはちゃんとした理由があります。それは、「私は・が」は「I」、「私を」は「me」なのに、「あなたは・が・を」は全て「you」です。つまり、「you」は目的語の形を常に取っています。

というのは、文法的に「you」は「it」と同じ扱いです。主語でも述語でも同じ言葉です。これが恐ろしいのは、「it」のセクションで注意したように、object(目的語)扱いは英語の軽蔑の仕方の一つです。そして、目的語と扱っているもの(物、または者)との関係は一方通行です。自由、または相手の自覚を認める余裕はありません。これは英語という言語そのものにみえます。

哲学用語で「他者の問題」と言います。私達はいつも「I」から自覚しています。しかし、常に相手が居ます。自分を自覚するため、相手が必要です。しかし、その相手を自覚するのに、その相手を自分のような「I」ではなく、「You」という目的にしかその相手の存在を認めることが出来ません。つまり、その自覚している「I」はいつも一人っぼちです。

欧米哲学の歴史に、これはドイツのヘーゲルの論文によって大問題になりました。しかし、構想から言えば前からずっとあったはずの問題ですから、なぜ哲学者はそんなに遅く(18世紀)に気づいたでしょう。一つ挙げられるのは、言語そのものの構想の問題でもあるからと言えるでしょう。