アンティオク大学

アンティオク大学のことは書かなくても良い、忘れた方が良いと思っていた。だが、この後を説明するためにどうしても思い出す必要がある。そこからとても重要なことを学んだからだ。

アンティオク大学は『アイビーリーグより良い大学』を読んで気に入った大学の一つだった。その本によれば、アンティオクはアメリカのもっとも左翼に偏っている大学らしかった。専攻の代わりに分野を広く勉強する制度になっていて、授業は全て参加者の相互協力を基盤とした形で行われていた。在学中の海外留学もよく行われていた。そこで、インターネットでカタログを頼んだ。カタログというのは、志望者のための学校の説明書だ。授業のリストまで書いてあるので、学校を調べるにはとても役に立つ一冊である。

他の大学と比べて、アンティオクのウェブサイトはプロが作ったものには見えなかった。正直なところ、ウェブサイト作成が趣味の自分でももっと良いものが作れるだろうと思うくらいのありきたりなサイトだった。それはともかく、「すぐカタログを送ります」という確認メールが届いたので安心した。しかし、二ヶ月経ってもまだ届かない。そこへアンティオク現役の学生から電話があった。

「カタログをご覧になりましたか。まだアンティオクに興味をお持ちでしょうか。」
「あ、興味はありますよ。でも、カタログがまだ来てないんです。」
「そうですか?それは失礼しました。すぐに発送しますので、よろしくお願いします。」

それからさらに二ヶ月待ったが、カタログは行方不明のままだった。そこでもう一度電話がかかってきた。相手は違う学生だったが、会話の内容は全く同じだった。

それからまた三ヶ月経ってもまだカタログは届かなかった。仕様が無いので、もう一度ウェブサイトで請求した。確認メールはまたすぐ来たが、カタログは現れなかった。高校三年の一年間ずっとアンティオクを追いかけたあげくの果てがこれで、とうとう私はうんざりして諦めた。

しかし、四年生になって高校の大学入試指導官と話していて、ふとアンティオクのことを思い出した。こんなことが普通にあるのかどうか聞いてみた。もちろん私は普通じゃないと思っていたが、仕方がないとあきらめていた。でも彼は「そりゃ、信じられない話だ。でも、すぐ解決できるさ。俺が話してみよう。」と、その場でアンティオクの入学事務局に電話してくれた。最初にかけた番号は間違いで、大学の総事務局で聞いてからかけなおさねばならなかった。私はその間ずっと待っていた。ようやく入学事務局に繋がったと思ったら、「少々お待ちください」と更に20分ほど待たされたのを覚えている。

それから一週間のうちにカタログが第一種郵便で届いた。開けてみると、ユニークで面白そうな授業ばかりだったが、私を行きたいと思わせるには既に遅かった。右翼に偏っている町に育った私には左翼に偏っている大学に行くことが魅力的に思えたが、それにしても経営がこんなにだらだらしているところは御免だった。

それから二年後、ある友達からアンティオクの入学事務局は学生によって運営されているのだと聞いた。

そして、アンティオクはついに二年前に破産してしまった。それまでにも破産しかけたのだが、毎回、いつも誰かが救いに来た。だが、今回は違った。大金持ちの融資者は誰も現れなかった。

150年の歴史を誇ったアンティオク大学も、もうこの世にない。