大学への道

私が高校二年の夏、祖母が宝くじに当たった。賞金は五万ドル(五百万円)ぐらいだっただろう。インディアナ州で宝くじに当たった場合は、二つの受け取り方から選ばなければならない。全額を手に入れるには二十年かけて少しずつ貰うしかない。インフレを考えに入れると、それでも全額が貰えるとは言えないのだが、一度に貰って高い税金を払うよりはましというところだ。すぐにお金がほしい場合は、六ヶ月以内に貰えるが、半分しか手に入らない上、税金の率が高くなる。出来れば、ゆっくり貰う方が得だったが、祖母は歳のこともあったので、すぐお金を貰うことにした。

祖母は祖父とあまりうまくいっていなかった。母がある時私に父と離婚した理由を説明した。「私が子供の時は、両親が毎日のように喧嘩していたのよ。時には、何日もお互いに口をきかないことまであったの。だから、あなた達四人にそんなひどい経験をさせないように、離婚したのよ。」と言った。特にお金に関しては、祖父母は犬猿の仲のようだった。男が外へ出て稼ぎ女は家で子育てするのが普通の世代だったが、うちは貧乏だったので祖母も子供が幼い頃からパートで働きに出ていた。真面目なカトリックとして育った祖父は元米国海軍の船乗りで、新聞社に勤めていたが、イメージ通りいつも厳しく、怖い人だった。そして、自分が稼いだ金は自分の自由にして当然と思っている人だった。それまでお金に関して一切権利を認められていなかった祖母には、宝くじに当たったことがどんなに幸せに感じられただろう。

祖母はその賞金で家に、祖母は家に一部屋を増築した上、母に黙って私達孫のために大学資金の特別投資口座を開いた。そして、家族でマサチューセッツ州まで車で旅行することにした。インディアナ州から十六時間ほどかかるので、これはかなりの長旅だった。六年前に両親が離婚して以来、私にとっては始めての母方の家族との旅行だった。ちなみに、その前の年には、父と父方の祖父母と一緒にコロラド州に旅行したのだが、これも母方の祖母にとっては嫉妬の種だったのだろう。マサチューセッツ州の旅行もそういうことから始まったのかもしれない。

当時の私は家族とうまくいっていかなかったため、最初は断った。祖父母だけとならよかったのだが、母や兄弟も一緒となると嫌だった。さんざん議論した上で、母が私の断る権利をいつまでも認めてくれないことがわかったので、あきらめて行くことにした。子供は学校で「権利」のことをたくさん教え込まれるが、実際にそれを行使しようとしてもほとんど認められず、すぐに「権利」というものの空しさに気付かされる。これはとても不思議な話だ。

何よりも、家族と一緒に狭い車の中で長い時間を過ごすのが嫌だった。高校生で、何でも嫌な時代でもあった。そんな時にたまたま、母にこれまた嫌いな図書館で待たされている間に奥の部屋で古本セールをやっているのが目にとまった。何もすることがなかったから、見てみようと思って入ったが、売っている本のほとんどは誰も読みたくないくだらないものばかりだとすぐ気が付いた。だが、ちょうどその時、一冊の青い本に目が留まった。

『アイビーリーグより良い大学』(Looking Beyond the Ivy League, Pope) という一目で内容がわかる題名の本であった。当時反骨精神に傾いていた私は、これはぴったりの本だと思って、こっそり買うことにした。母がそのタイトルをみたとしたら、おそらく冷やかしただろう。極秘行動に成功して、ほっとした。これで旅行中に読むものが出来た。どうせ長く車内にいるなら、少しでも知識を得た方が良いだろう、と。

このたった五十セントの本は私の一生で最高の投資になるものだった。まだ死んでいないが、今の所これより良い投資があるとは思えない。