夏休み

高校を卒業してから大学が始まるまで三ヶ月の夏休みがあった。この時期をできるだけ友達と一緒に過ごしたかった。私が生まれたのは小さな町で、幼稚園から三人、小学校一年から二人、そしてあと何人か中学校からの親友がいた。アメリカでは小学校から高校まで同じ友達と付き合うのはちょっと珍しいことだ。

大学に行くのは楽みだったが、友達と別れるのは哀れな気持ちだった。友達は旅行やサマープログラムの予定が色々あったが、私は特に何もやることを決めていなかった。映画が大好きだった私は友達と一緒に皆で最後の映画を作ることにした。

中学校七年生(日本の中学一年生に相当する)の時からずっと一緒に映画を作成して来た私たちは、卒業後も相変わらず映画に夢中だった。それまでの六本の映画は全て授業のために作ったものだったので、時にはジョークを自制したり、暴力シーンをカットしたりする必要があった。その上、ほとんどの高校時代に作った映画のほとんどは10年遅れのVHS式のビデオカメラで撮ったものだった。最後の二本だけはデジタルビデオカメラを持っていた友達から借りて撮ったが。そんなこんなのうちに、私は卒業直前にようやく父を説得することに成功して、デジタルビデオカメラを買ってもらった。せっかく買ってもらったのに使わないまま大学に行ってしまうのはすまない、というのが最後の映画を作るのに十分な理由になった。

しかし友達は皆非常に忙しかった。そのとき、閃いた。物語の登場人物を二つのギャングに分けて、完成された脚本全体は誰にもみせない。そうすれば、俳優は自分の出るシーンしか知らないことになる。皆が完成された映画を見るのは最後に上映する時が始めてになるので、それぞれ知らなかったシーンに驚くことになる。私は驚かせるのが大好きな性格なので、これは素晴らしい発想だと思った。

驚かせるについては、学校のための映画ではないので、内容がくだらなくても問題はなかった。ポルノとまでは行かないが、決して両親に見せられるようなものでもなかった。内容についてちょっとだけ書くが、筋は私のお気に入りのジョーク、『魔法の肉棒』(voodoo dick)にまつわるものだった。要するに、セックス玩具を探しに行くエピックストーリーだった。無論セックスシーンなんかは撮影しなかったが、風刺的なセックスジョークを満載した。タイトルは『バージンで死ぬ者はいない』(No One Dies a Virgin)で、「誰でも人生にファックされるから、バージンで死ぬ人間はいない」(No one dies a virgin, because life fucks everybody.) という諺からとったものである。後は読者の想像にお任せする。

二ヶ月弱でゼロから完成品まで作り上げた。80分という長さは私たちの作ったものの中で最高記録になった。とても楽しかった。強いて困難だったことと言えば、俳優をやった友達が必ずしも仲が良い同士ではなかったということだ。お互いに嫌っているのも居たが、映画を作るという大イベントにあたってなんとか協力してくれて、出来上がった。

完成した作品の初上映は私の部屋でやった。当時の私の部屋は地下室だったので普通の部屋よりは広かったが、10人の友達が入ったらさすがにぎりぎり満員だった。混んでいても、映画は大ヒットだった。もちろん他に見る人もいなかったのだが、その10人の友達のために作った映画だったから、うち9人の笑顔を見て私は嬉しかった。一人だけは不満足そうだったが、その彼の不満も、今ではおそらく高校の友達と一緒に最後にやったことの懐かしい思い出になっているだろう。私が感じる郷愁に似たものが、彼にもあるに違いない。