ロラと映画に行った…

映画を完成し、Hと別れて、まだ三週間ぐらい夏休みが残っていた。そのころ、友達は毎週火曜日にBW3'sというチキンウィング屋に集まっていた。実は、友達は毎日そこに行っていたが、私はあまり金がなかったので、火曜日だけでもキツかった。

火曜日の夜と言えば、クイズ大会だった。90分の間にいろいろな種類のゲームがあるのだが、簡単に言うとトリビア大会だ。参加するには手元のゲーム機に自分の通称を入力し、ログインする。ゲームが始まると質問がテレビに映る。答えをゲーム機に入力する。答えが早ければ早いほど、点数が高い。質問ごとに答えが表示される。最後に、テレビは点数画面に移る。これはこのレストランだけでなく、アメリカ全国の二万店ぐらいのバーとファミリーレストランの客を対称にした大会なので、競争が非常に激しい。特に「何でも知っている」と思っている若者の間では、ゲーム中に凄まじい雰囲気があった。だが、私達にはそんなやりとりが楽しかった。

いつの間にか同級生のロラという女の子が火曜日の大会に来るようになっていた。女の子はいつも数人いたのだが、ゲーム大会には参加していなかったから、私は無視していた。友達のうちに、礼儀正しくてハンサムでモテルのが二人いたので、彼等のファンクラブと言ったところだ。

どうやって私とロラが二人きりで映画に行くことになったのかは全然覚えていない。その時はちゃんとそれなりの理由があった筈なのだが。ロラは本当に頭が切れる女性だった。私は四年生の二学期まで学年で三番の成績だったのだが、最後の学期になってロラに追い越され、四番で卒業した。

四年生になるまでロラのことはあまり知らなかったが、四年生の物理の時間によく話すようになった。というのも、応用物理のクラスには先生がいなかったからだ。学校は先生不足で、先生は一般物理の授業にしかいなかった。名目上は同じ物理の先生が両方教えることになっていたが、同時の授業だったから、無理な話だ。おそらく教育委員会長は「あるものは二つの場所に同時に存在することができない」ということが解っていなかったのだろう。そんなわけで、私と二人の親友とロラとリサ、たった五人のクラスは教室の物置みたいな部屋で毎日遊んでいた。インターネットにつながったパソコンが三台あったから、暇つぶしをするには十分だった。

私達が観に行く映画は『X-Men2』だった。コミックのアクション映画で、真面目人間のロラがそんな映画に興味を示す筈はないと思っていたのだが、彼女は強い言葉で行く意志を伝えてきた。普段の彼女は非常に物静かな人なので、周りの言葉遣いなどあまり気に留めない私でもその時の彼女の強い言葉にはちょっとした印象を受けた。そんなに頭が良い女性が私の大好きなX-Menを同じように好きだとは信じ難いことだったが。

言っておくが、そのときは、これをデートとは思っていなかった。私はその映画をすごく観たかったし、もし友達のロラも同じ気分であれば、一緒に行った方が良いと思ったまでのことだ。その四年前に叔父がロラのことで「あの子は絶対お前が好きだろう」と言ったのを思い出した時は、ちょっと不安になったが、叔父はいつもそのようなセリフを口にしていたから、この意見は無視しても差し支えないと思うことにした。

ロラはサムという一学年上の彼氏と長く付き合ったことがあった。彼が卒業してから別れたらしいが、いくら彼女が「独身」でも、私達が大学へ行くまでにはたった三週間しか残っていなかったから、どうせ大学へ行くまではたったの三週間が残っていたので、そんな短い間にロマンスの機会はあり得ないと思っていた。

卒業した頃になってもそんなふうに考える私は、女性に疎かった。ある女の子が私を好きになっても、私は彼女の気持ちに気付かなかった、ということがよくあった。例えば、幼稚園のとき、一番の親友だったアッピーが、ある日「話したいことがあるから電柱の向こうへ行こうよ」と言うので付いて行った。放課後が始まったばかりのところだった。電柱の後ろに着くと、彼女は私の肩を掴んで、オデコのど真ん中にキスした。キスした途端、走ってうちへ逃げて行った。これは私にとっては大変なショックだった。私はもちろんアッビーのことが好きだったが、アッビーも私のことが好きなんて夢にも考えていなかったからだ。ちなみに、それが私のファーストキスだった。

八年生(日本の中学二年)の時には、超美人のケイティーが何回も人前で私に愛を告白しに来た。私はケイティーは自分のような者を相手にするタイプではないと信じていたのであくまでも冗談だと思っていた。いつまでも私が取り合わないので、ケイティーは最後には泣きながら逃げ出してしまった。

よく考えてみると、七年生の時、ウィトニーもおそらく私のことが好きだったのだろう。私の卒業アルバムにそれらしいことを書いてくれたが、気付くには遅すぎた。彼女はとても良い人だった。中学校時代、私は毎日数人の脳足らずのスポーツ系の奴らにイジメられた。ウィトニーはそういった奴らの何人かと同じグループにいたにもかかわらず、いつも私のことを支持してくれようとした。自分は別に一人で大丈夫だと思ってたにせよ、それにしても彼女の優しい言葉はいつも有難かった。一番ひどかったのは数学の授業の時間で、ここでは私をバカにする仲間に先生までたまに加わるような始末だった。(ちなみに数年後この先生は解雇された。)知識を求めている生徒をバカにするなど無論教師として失格だが、スポーツのコーチをやっている教師によくある悪い癖だ。ウィトニーは、そんなひどい先生にも立ち向かって、私に親切にしてくれた。彼女は勇気のある女性だった。私も彼女のことが気に入っていたが、彼女がチアリーダーをしていたということに対する自分の偏見のせいでなにも形になるような行動をしなかった。今思えば、これは私の大失敗だった。

高校四年生の最後のスペイン語の授業で、あまり親しくない女の子の一人からも告白された。「でも、あなたのご両親は人種を気にするだろうと思って(彼女はラテンアメリカ系だった)、今まで声をかけようにもかけられなかったの。」と言われた。これはどうも妙に思えた。私の両親はそんなことなんか気にしない。父の11人の兄弟のうちに四人は養子だったし、その四人の一人は彼女と同じラテンアメリカ系の女の子だった。もちろん彼女がこれを知る筈はなかったが。それに私は両親の意思に素直に従うこともあまりなかったし、本当に私のことが好きならもっと早く行ってくれれば良いじゃないか、と思った。でも、彼女のことを恋愛相手としてあまり考えたことがなかったから、結局は最後になるまで声をかけられなくて良かったのかもしれない。

社会科の政府機構のクラスにも、私と親友のロスに憧れているという女性が三人いて、私達二人の「赤ちゃんを産むファンクラブ」と名乗っていた。これは無論冗談だったが、いくら政府に全く興味がない人達はそんなことで遊んでいる方が楽しいのだといっても、アメリカの将来を考えれば嘆かわしいことだ。

ロラの家まで迎えに行って、それから映画館へドライブした。市内から大分離れた格安の映画館だったから、30分ほどかかった。アメリカでは「再映劇場」(封切りから二、三ヶ月位たった映画を見せる安い映画館)がたくさんあるのだが、この映画館は火曜日にはたったの五十セント(五十円)で入場することが出来たので特に格安だった。2003年に普通の映画館の入場料が8ドル(800円)だったから、50円で済むのは大変素晴らしいことだと思ったことだった。

『X-Men2』はとても良かった。コミックスからの映画化がよく出来ていた。完全に満足だった。でも、ここではそんなことはどうでもいい。この話に大事なのは、映画のあとのほうだ。

映画館から出て車に戻る時、「あたし、ちょっと寒いわ」とロラが言った。七月だったので、夜が涼しくても寒いというまででもないと最初は思ったが、すぐに、はっと、彼女が伝えようとしていることに気が付いた。

そこで私はとんでもないロマンチックなセリフを口にした。いま考えてもあまりにも恥ずかしいので、ここではその言葉を繰り返さない。

それで抱きしめようとしたのだが、彼女は私の肩を引き寄せて、強引にキスをしてきた。ちょっと笑い合った後、混乱していた私はもう一度、今度は自分の方からキスした。キスをするしか反応を思いつかなかった。

だが、駐車場でイチャイチャするのは嫌だったので、もう一度ドライブすることにした。

彼女の手を握って、ゆっくり話すことができるところはないかと考えながら運転したのだが、既に午前一時半を過ぎていたから、適当な場所は思いつかなかった。結局、彼女の家に直接帰った。しかし、帰る途中の会話は盛り上がった。彼女の家に着いてからドライブウェーに車を停めて、楽しい話を続けようと思ったのだが、エンジンを切った直後に、彼女が私の肩を掴んで、強くキスをしてきた。両親の家のドライブウェーでこんなことをしてて良いのかと一応気になったが、いつも真面目な彼女が全く本気のようだったし、私も彼女のことが好きだったから、結局we made out。しかも二時間ほど。すぐもう一度映画に行く約束をした。それから、お休みの挨拶を交わすのにも大分時間がかかった。

やっと私が家に戻った時には四時を過ぎていた。普通に帰ってきたつもりだったのだが、車のドアを閉めた途端、父が家から飛び出してきた。「お前、一体なにをしていたんだ?大丈夫か?」

いつもは屈託のない父の心配そうな顔を見ると、不安になった。「いや、大丈夫よ。映画から帰ってきたとこだよ。」

これはどう見てもうまい答えにはなってなかった。

「嘘をつくな。」と父が怒鳴った。静かな夜に父の声が物凄く声が響き渡った。「映画は三時間前に終わったはずだ。一体今まで何してたんだ。答えろ。ついさっき、町中の病院の救急室に電話したんだぞ。」社会事業の仕事をしていたから、おそらくこれは本当だった。

これには私もたじたじだった。言葉が出なかった。なぜこんなことになってしまったのかまったくわからなかった。ただ、頭の中で思った。「父さん、今夜僕は綺麗な女性と夜に映画に行ってたんだよ。帰りが遅くなったからって、なんで事故しか考えつかないんだよ。僕がそんなにクソ真面目だと思ってるの。事故と言えば言えるかもしれないけど、そういう事故じゃないよ。」そう思いながら、父の言うことを黙って聞いて、素直に謝った。とにかく、そんなに遅く帰ったのは悪かった。

「お前のお母さんにも電話したよ。明日彼女にも謝ってくれ。」

これは参った。両親が離婚して以来、父が母に深夜に電話をかける何て、私が知っている限りなかったことだ。「冗談も程々にして欲しい」と思ったが、父が本気なことはよく解っていた。父はひどく疲れていたようでそれ以上説教はしなかったが、翌朝の見通しは良くなかった。

次の日、父はただ「お前、遅くなる時はちゃんと連絡してくれ」としか言わなかった。その代わりに、母の説教が始まった。母に言わせると、この問題の原因は私が携帯電話を持っていなかったことにあるそうだった。実は数週間前に、大学入学の贈り物として、祖母がわざわざ私のために携帯を買ってくれたのだが、悪いと思いながらも、私はこのプレゼントを拒んだのだった。

私は電話が大嫌いだ。どこでもいつでも鳴る携帯電話は更に嫌いだ。携帯電話を持っているというだけで、、両親をはじめ、皆が好きな時にかけてきて、私が出ることを期待するからだ。留守の場合でも、すぐにかけ直すのが当たり前だと思っている人が多い。何よりも私の腹が立つのはそうした通話の内容が取るに足らないことばかりだということだ。

一つ例を挙げてみよう。現在父と妹二人は携帯を持っている。バスケットの試合を観に行く時など、同じ体育館の中でもコミュニケーションは全て携帯で行われる。事前に待ち合わせの場所を決めることもない。会場についてから電話をかけ合って集まるわけだ。携帯を持つようになって、人々は予定を立てないようになってしまった。携帯があるからいつでも連絡が出来ると思っている。遅れても問題はない。携帯から知らせれば済む。

でもやはり、私はお互いが遅れないように気を配って欲しい。それに、馬鹿みたいな連絡も聞きたくはない。私は何をしている時でも、それだけに集中したい。携帯の連絡がいつでも来る可能性があるから、携帯を持っていると、いつでも連絡が来る可能性があるから、たまには受信歴を確認しなくてはならない。でも、そんな責任は欲しくない。だから、携帯は役に立つものとは思わない。以上、私の異議である。

数日後、もう一度ロラと映画を観に行くことにした。でも、今回は比較的に早く騒ぎを起こさないように帰った。

今度は前期と違って、今回は最初から彼氏らしく振る舞うように頑張った。そして、最後に、「付き合ってください。」と言った。

彼女は私の願いを聞き入れなかった。これは当たり前だった。ロラの言い分は正しかった。私達は離れた大学に行くことになっていたのだから、そのたった二週間前に付合い始めようというのは馬鹿な話だった。もう、私達には時間が残されていなかった。正直な所、私も彼女と付合いたいという願いと同時に、そうしたくない思いもあった。ただ、気持ちの上でちゃんと言っておかないとすまないと思った。

彼女は私の申し出をやんわりと断った。彼女が断る理由を説明するのを聞いていて一つ妙に感じたのは「Hのこともあるでしょう」という言葉だった。不思議なことに、私は長い間付合ったHのことをもうすっかり忘れていたのだ。実のところ、Hと二回目に別れてからはすっかり良い気分だった。

私はロラのことが好きだったが、本当に恋愛的に好きだったというよりは尊敬していたという方が正しいかもしれない。彼女は競争心が強く、しかも誰かをやっつける時でも必ず丁寧に礼儀正しく振る舞うような人だった。そういった点で、私は彼女に完全に負けていた。彼女は物静かな、優しい人で、愚痴をあまり言わない性格だった。ただ、あまりに真面目すぎて親しみにくいタイプでもあった。そして、残念なことに、私達のユーモアの感覚には大分ズレがあった。

ともかく、大学に行く直前の短い時間をロラと過ごせることができたのはとても嬉しかった。この短いロマンスを通じて彼女とお互いに励まし合ったことで、高校から大学への過渡期にけりがついた。