私が政治家になった日

九月中旬に学生委員会の選挙が行われた。私は高校時代に何度か生徒会長選に挑戦したが、いつも学校で可愛い優等生の女の子に勝利を奪われた。最後の年にはギリギリの差で負けたのだが。初恋のことは後で書くつもり。

A大学では、各寮から二人ずつ代表者が選ばれることになっていた。他の寮の人口は平均200人位だったが、私の安モーテルのような寮には90人しか住んでいなかった。そんなチンピラの巣からも、代表者を二名出すことになっていた。まあ、アメリカの政府に基づいた学生委員会だった。

私は何も考えずに冗談のつもりで早速キャンペーンを始めた。公約はたった一つだった。「俺が当選したら、何もしない。俺は学生委員会は何もしない方が良いと思っているからだ。よろしく。」そして、芸術のセンスが皆無の自分には格好いいと思えた張り紙やチラシをたくさん印刷した。こういった印刷料は学費に含まれていたから、当時の私はそのお金を無駄にせず活用するに超したことはないと思っていた。

冗談のつもりだったが、私の寮では候補者が二人しか出なかったので、結局当選してしまった。

そして代表者の義務として一泊二日のワークショップに行かなければならないことになった。それは年間の活動予定を立てるためのワークショップだったのだが、私は「何もしない」という公約の下に当選したので、「何か提案はありませんか」と聞かれても、「いや、一つもありません。実のところ、私は、何もしない方が良いと思っています」と言うしかなかった。

同じテントで野宿したことのあるマリアも学生委員だった。しかも、山登りの時と同じように、リーダーになっていた。彼女は私を見て最初は笑ったが、私の発言を聞いた瞬間しかめっ面をした。同郷の美人を敵に回したくないとは思いつつ、私は自分の舌を抑えられなかった。よくあることだ。

他の委員達も一応うわべだけは真面目な顔をしているような人ばかりだった。だから私がいくら「何もしないと公約した」と言い張っても、聞き入れてくれなかった。当たり前のことではあるが、これは民主主義の妙なところではないだろうか、と思い始めた。一般の政治家は公約など守ろうともしない。そして、私のようにちゃんと自分の公約を守ろうとする者は爪弾きの運命に遭う。

まあ、私の態度の方が悪いというのは確かだ、とは思っても、生来の気性はそう変えられるものでもない。本当は学生委員会になど参加したくなかったということもあるが、それ以上に、公約を守りたいという気持ちが強かった。幼児的な考え方だと言われれば否定も出来ないが、当時の私は何事に付け約束は守るべきだと信じていた。私はHに裏切られて以来増々強くそう思うようになっていた。